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大阪地方裁判所 昭和28年(ワ)5608号 判決

原告 林昌一

被告 中西豊治 外一名

主文

被告等は原告に対し各自金二十九万三千九百円及びこれに対する昭和二十八年十二月二十五日から支払済迄年五分の金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は二分してその一を原告のその一を被告等の負担とする。

この判決は原告勝訴の部分に限り原告において九万円の担保を供するときは仮に執行することができる。

事  実〈省略〉

理由

一、原告主張の事実中被告中西豊治が貨物自動車の運送業を営むものであり同中西誠はその被用者として右貨物自動車の運転業務に従事するものであること、原告は転宅のため昭和二十七年三月九日頃被告中西豊治に家財、道具類等の荷物の運搬を依頼して両者間に愛知県渥美郡泉村字石神から原告肩書地まで運送する旨の契約が締結され同月十日午後右契約に基き被告中西豊治の貨物自動車(愛一―二三〇九七号)に右荷物を積載し原告は荷主として右貨物自動車の運転台に同乗、被告中西誠が運転し前記現住所へ向つて出発したところ翌十一日午前七時頃被告中西誠が運転する右自動車が京都市山科検問所東方約三百米附近国道を西進中事故を起したこと、およびそれにより積載中の家財道具衣類等が毀損した(但し毀損の程度を除く)ことは当事者間に争がない。

二、そこでまず本件事故が被告中西誠の過失に基くものであるか否かにつき審按するに証人山本賞造、同鈴木喜八郎の証言と検証の結果によれば

右事故の現場附近の国道は舖装道路であり車道巾員約一二米、両端に巾員約二・五米の歩道があり東方から西方に向つて一〇〇〇分の二〇乃至二五の勾配があり事故現場から西方約一〇〇〇米の地点で北方へ曲つている。而して同所附近はスリツプによる自動車事故が多い所であるから、そのため同所東方県境附近より現場まで事故防止の注意標識が数ヶ所掲げられており更に事故現場より西方約一〇〇米の地点にも同様標識が二ケ掲げられている。右現場道路の南端は約二米下に田畑があり転落防止の設備はないことを認めることができる。前顕証人の証言及び原、被告中西誠の各本人尋問の結果を綜合すれば同年三月十一日は午前六時頃より小雪が降り事故現場附近の道路上の中、消失しない積雪の個所は約一糎程度であつたから道路上においては右積雪消失のためスリツプの事故の発生する危険は最も大きい状態であつたところ、同日午前七時頃被告中西誠は右家財道具約一・五トンを積載し原告を運転席に同乗させ同所附近をエンジンブレーキを使用することなく漫然時速約二五粁で舖装坂道を降つていたところ右道路上に凹みのあるのを前方約一〇米の地点で発見し、右凹みは自動車が何等危険なく乗切れるものであるが同被告は自動車の衝動を防ぐため右個所をさけて進行しようとし左へハンドルを切つたとき後輪がスリツプしかけたのであわてゝ急制動をかけたためかえつてスリツプが激しくなりそのため自動車の後部が前方へ振られる結果となつたので制動を解くと共に急に右へハンドルを切つたが既に同自動車はスリツプの隋性で後部から歩道に乗上げ更に同歩道を越して道路南側二米下の田畑へ転落転覆したことを認めることができる。

被告中西誠の尋問中同人が右同所を進行するときエンジンブレーキを使用していたとの部分は証人山本賞造、同斎藤勝雄の証言によりこれを措信することができない。その他右認定を左右する証拠はない。

およそ自動車運転者が雪融け時に舖装した傾斜道路を降るときはスリツプ防止のためエンジンブレーキをかけ前方を充分注視できる速度にし道路の異常その他障害物を発見したときはその危険を防ぐための措置を講じるべき業務上の注意義務があるものといわなければならないところ前示認定の事実によればエンジンブレーキをかけず時速約二五粁で傾斜道路を降り前記凹みの個所を発見しこれが乗切れるものであるに拘らずあわてゝ左に急旋回しそのため後輪が一層スリツプし運転を過つて右田畑中へ転落転覆するに至つたものというべきであるから右事故は被告中西誠の過失によるものといわなければならぬ。

被告等は当時悪天候のため自動車後輪スリツプのため引起され不可抗力による事故であると主張するが前記認定の事実によれば被告中西誠の過失に基くものと認められるから右主張を容れることはできない。

三、次に被告中西豊治は原告同乗の際には一般不法行為による損害賠償義務を負わざる旨の黙示的了解があり原告において損害賠償請求権を抛棄したものと解すると主張するので按ずるに通常住居移転に際し荷主の家財道具類を貨物自動車により運送をなすとき特段の事情なき限り移転先までその荷主側より少くとも一人をその荷物の監視或は目的地案内等の補助のため同乗させることは通常あり得るところ本件にあつては前記認定のごとく右趣旨により原告本人を同乗せしめたものと推認せられるのであるから右の場合、運送契約に際し特段の事情につき主張立証なき本件にあつては右運送契約に被告主張のごとき損害賠償義務を抛棄したものと認めることができない。従つて被告豊治の主張は採用することができない。

四、よつて進んで損害額につき按ずるに家財道具、衣類等の損害については証人井上孝次郎、同藤田周二、同伊藤楢蔵、同斎藤勝雄の各証言、原告及び被告中西誠の各本人尋問並に家財道具類の検証の結果によれば本件貨物自動車に積載した物品は別紙記載明細表の通りであり本件事故による自動車の転落転覆によりいずれも汚損腐蝕され再び使用することができない程度になつたことが認められる。右認定に反する証人山本賞造、同鈴木喜八郎の証言の部分はいづれも措信することができず、毀損による損害額は鑑定人植木隆彦の鑑定の結果により別紙記載4、乃至11・23・26・27・28・30・31・40・42該当の各品目は原告主張の額を認めることができるが1乃至3・29の各品は同表中当裁判所の認める損害額の限度を以て相当とし、その余の品については原告主張に沿う証拠はないからこれを認めることができない。従つて合計金九万三千九百円の限度で損害額を認容することができる、右認定に反する被告中西誠の本人尋問の結果は措信できずその他右認定を覆すに足る証拠はない。

五、次に原告の傷害の点につき按ずるに成立に争なき甲第一号証の一乃至三同第二号証及び原告本人尋問の結果を綜合すれば本件事故に際して背部、左肩胛骨部打撲傷及び陳旧性第五胸推圧迫骨折の傷害を受け、そのために従来からの職業であつた鉄業を継続できなくなり更に、右傷害は現在に到るもなお完全に治癒しない事が認められる。成立に争いなき乙一号証、証人山本賞造、同鈴木喜八郎及被告中西誠の本人尋問の結果によれば原告は本件事故の直後事故現場附近の医師向井利一の診断を受けたがその結果は当時、将来共別に差支えは起らないものと診断された事実が認められるが。右向井利一の診断は精密検査を経たもではなく右事実のみを以てしては、甲第一号証の一、二、三、同第二号証によりレントゲン検査等精密検査の結果診断されたと認められる前示陳旧性第五胸推圧迫骨折の傷害ありとの認定を左右できるものではなくその他認定を覆すに足る証拠はない。しかし乍ら、原告が、右傷害を受けたために支出し、或は将来支出すべき治療費の額、及び、原告が従前の鉄業を継続できなくなつたゝめに減少した収入額についてはこれを認める証拠がない。

六、原告は右傷害によつて蒙つた精神的損害に対する慰藉料は少くとも五十万円を下らないと主張するが前示の如き本件事故の態様、原告の傷害の程度及び、原告が従前の職業であつた鉄業を営むことができなくなつた事実、原告本人尋問の結果によつて認められる原告の家族の状況その他諸般の事情を各綜合すれば原告に対する慰藉料の額は二十万円を以て相当とする。

そして以上認定の原告の損害は被告中西誠が同人の使用人である被告中西豊治の事業の執行につき原告に加えた損害であり、本件事故に関する同中西誠の違法行為と、右原告の損害が相当因果関係にあることは前示認定の各事実から判断して明らかである。

すると本件家財道具及び衣類等の毀損による原告の損害について被告中西豊治は運送人の運送契約不履行により、被告中西誠は不法行為に基き、右損害額九万三千九百円を、原告の傷害による原告の損害について被告中西豊治は使用者の責任に基き、被告中西誠は不法行為に基き右損害額二十万円をいずれも各自支払う義務があり、被告等に対し右損害額合計二十九万三千九百円並びにこれに対する本訴状送達の翌日であること本件記録により明らかな昭和二十八年十二月二十五日から支払済迄年五分の遅延損害金の支払を求める限度において原告の本訴請求は正当であるからこれを認容し、原告のその余の請求は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十二条、同九十三条一項本文仮執行の宣言につき同法第百九十六条をそれぞれ適用して主文の通り判決する。

(裁判官 乾久治 松本保三 井上孝一)

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